*1政治エリートや制度を批判し、普通の市民の意志を直接政治に反映するべきと主張する政治運動。*2規範的政治理論のこと。ここでは熟議民主主義の望ましいあり方に関する理論をさす。[左写真の書籍]田中愛治 編 『熟議の効用、熟慮の効果』 / 勁草書房田村哲樹 著 『熟議の理由』 / 勁草書房11詳しくはこちら こうした「民主主義の危機」に対して私が注目しているのは、「熟議民主主義」という考え方です。熟議民主主義とは、投票ではなく対話を重視する民主主義の理論です。アメリカの哲学者であるジョン・デューイは、熟議民主主義の特徴を次のように表現しています。「民主主義で大切なことは、多数派がどのように投票したのかという事実よりも、多数派がどのように多数派になったのかである」。つまり、最終的には多数決で決定するとしても、その前にいろいろな人の考えを聞いて皆でよく考えてから決めようということです。この熟議民主主義は、実際の政治にも大きな変化をもたらしてきました。例えば、日本を含む世界各地で、公共的問題について人々が実際に集まり、話し合いを通じて決定する熟議民主主義の実践が広がっています。一つ目は、熟議に参加する人々は、社会の複雑な問題に対して十分に理解した上で決断を下すことができているのか、もしくは、平等に話し合うことができているのかといった問題です。そこで、ミニ・パブリックスと呼ばれる小規模な熟議の場に関する先行研究を分析した結果、参加者が政治的知識を深めていることや、自らの意見を修正していることが分かりました。他方で、参加者の属性に偏りがある場合もありました。これは、規範理論*2が想定する平等な話し合いという価値が十分に実現していない可能性を示しています。とはいえ、こうした偏りは、話し合いの場の設計や進行方法などの工夫で改善の余地があると考えています。 二つ目は、民主主義という決定方法が未来の人々とどう関わっているのかという課題です。民主主義の決定は、遠い未来に生きる人々に対して深刻な影響を及ぼしますが、話し合いに参加するのは現在に存在する人々だけです。「自分たちのことを自分たちで決める」という民主主義の理念からすると、ここには大きな問題があります。これに対し、熟議民主主義へと改革すれば、未来世代の利害関心を取り込んだ決定に近づくことができると考えられています。私は、熟議における「理由の提示」という特徴が、未来の人々への責任を果たすための一つの手がかりになるという仮説のもと、研究を進めています。 私が一貫して考えているのは、「大規模で複雑な社会において、人々が自分たちのことを自分たちで決めることはどのようにして可能なのか」という問いです。これは、「民主主義の危機」が叫ばれている社会において、避けて通れない問いです。今後も、この問いを解き明かすべく研究を進めていきます。民主主義の深化と未来世代の包摂 私は次の二点に関する研究を進めてきました。自分たちのことを自分たちで決める社会の実現に近づくために
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